東京地方裁判所 昭和59年(ワ)13400号 判決 1987年1月29日
原告
志目征三郎
ほか一名
被告
株式会社港きんぐ
主文
被告は、原告志目征三郎に対し、二六〇万九二四四円、原告志目征一郎に対し、一万四〇〇〇円及びこれらに対する昭和五八年八月二六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、これを四分し、その三を原告らの、その余を被告の、各負担とする。
この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 請求の趣旨
1 被告は、原告志目征三郎(以下「原告征三郎」という。)に対し、一〇〇六万六七〇一円、原告志目征一郎(以下「原告征一郎」という。)に対し、七四万三九〇〇円及びこれらに対する昭和五八年八月二六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和四七年三月一二日午前一〇時四〇分ころ
(二) 場所 秋田県南秋田郡天王町字追分一一七番地の一五(以下「本件事故現場」という。)
(三) 加害車 普通乗用自動車(秋田五あ八四〇七)
(四) 右運転者 小玉徳則(以下「小玉」という。)
(五) 被害者 原告征三郎
(六) 事故の態様 加害車が歩道を歩行中の原告征三郎に衝突し、後記傷害を負わせた(以下「本件事故」という。)。
2 責任原因
被告は、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していた者であるから自動車損害賠償補償法(以下「自賠法」という。)三条により原告らの後記損害を賠償する責任がある。
3 受傷状況
原告征三郎は、本件事故による傷害のため、昭和四七年三月一二日から同月三〇日まで土崎病院に入院し、同年四月一日から昭和五〇年八月三日ころまで及び昭和五七年六月二二日、同年七月二七日東大病院に通院し(実通院日数一六二日、月四回×四〇ケ月+二日)、昭和四七年四月ころから三、四ケ月間金井整形外科に通院し(実通院日数約一〇日)、昭和四八年二月一〇日から昭和五二年六月三〇日まで溝口整体術治療院に通院し(実通院日数約一五六日、昭和五〇年八月を除いて月三回×五二ケ月)、昭和四七年四月ころから六ケ月間他院で治療を受けた日を除いてほとんど毎日川口接骨院に通院し、昭和五〇年八月四日から同年八月二九日まで埼玉医科大学附属病院に入院し、治療を受けたが完治せず、右腕神経叢麻痺により右肩関節の挙上障害、外旋障害、肩付近の知覚障害を残し、自賠法施行令二条別表後遺傷害別等級表七級四号に相当する後遺障害が残つた。
4 損害
(一) 原告征三郎は、次のとおり損害を破つた。
(1) 治療費 九万八七四四円
(2) 付添看護費 七万八〇〇〇円
原告征三郎の前記入院期間中、二六日間付添を要したが、その費用は一日当たり三〇〇〇円とするのが相当である。
(3) 入院雑費 三万六〇〇〇円
原告征三郎は、入院期間(四五日間)中、入院雑費として一日当たり八〇〇円を要した。
(4) 慰藉料 五〇九万円
原告征三郎の、本件事故により受けた傷害による精神的苦痛を慰藉するためには、三〇〇万円、本件事故による後遺障害による精神的苦痛を慰藉するためには、二〇九万円が相当である。
(5) 逸失利益 六九五万一九五七円
原告征三郎は、前記後遺障害のため五六パーセントの労働能力を喪失したものである。基礎となる収入は一三五万二九〇〇円とすべきであり、右金額を基礎とし、年五分の割合による中間利息の控除をライプニツツ式計算法で行うと、原告征三郎の計算によれば、逸失利益は次のとおり六八二五万〇九五四円となる。
(計算式)
一三五万二九〇〇円×〇・五六×九・一七六=六九五万一九五七円
(6) 弁護士費用 五〇万円
原告征三郎は、被告が任意に右損害の支払いをしないために、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したが、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用としては、右金額が相当である。
小計 一二七五万四七〇一円
(7) 損害のてん補
原告征三郎は、昭和五七年一二月三一日までに被告から二七四万八〇〇〇円の支払を受けたので、右損害から控除する。
合計 一〇〇〇万六七〇一円
(二) 原告征一郎は、次のとおり損害を破つた。
(1) 付添看護交通費 五五万九二四〇円
右看護中の通院費は、左記金額の合計である。
ア 原告征一郎が入院中の原告征三郎のもとへ行くために、上野駅から秋田駅に五往復した旅費
六四六〇円×五=三万二三〇〇円
イ 東大病院通院のためのタクシー代
一三〇〇円×一六二=二一万〇六〇〇円
(2) 休業損害 五〇万一〇〇〇円
原告征一郎は、東大病院通院付添看護と秋田行五日間の計一六七日間仕事ができず、一日当たり三〇〇〇円の損害を破つた。
合計 七四万三九〇〇円
よつて、被害に対し、原告征三郎は、右損害金一〇〇〇万六七〇一円、原告征一郎は、同じく七四万三九〇〇円及びこれらに対する本件事故の日の後である昭和五八年八月二六日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の各事実は認める。
2 同3(受傷状況)の事実中、土崎病院に昭和四七年三月一二日から二八日まで入院したことは認め、その余は知らない。
被告は、保険会社を通じ、原告征三郎のために自動車損害賠償責任保険の後遺障害の事前認定手続をしたが、調査事務所及び自動車保険料率算定会本部は、後遺障害診断書に基づく治療経過、具体的所見等立証資料入手不可能のため、認定不能非該当と判断した。原告征三郎には、右肩関節の機能傷害が認められるが、仮に、本件事故と関係があるとしても、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級七級四号には到底該当しない。
3 同4(損害)の事実は不知ないし争う。
治療費の請求は、埼玉医科大学病院分であるが、後遺障害に対する機能再建のための入院治療費であるから、当時と現在において後遺障害の程度が同等とすると、必要なかつたことになる。付添看護費も右の理由により認められない。仮に認められるとしても一日三〇〇〇円は相当でない。入院雑費も昭和四七、五〇年当時一日八〇〇円も必要であつたとは認められない。原告征三郎は、父である原告征一郎の経営する事業を手伝い、将来は事業承継の予定であり、特に主張の後遺障害の程度からは逸失利益を認めることはできない。原告征一郎の請求する上野秋田間の交通費は、原告征三郎との関係では相当因果関係がなく、東大病院へのタクシー代は必要性、相当性から疑問である。更に、休業損害は、会社役員(株式会社志目商店代表者)として減収、減額はない。
三 抗弁
1 消滅時効
原告征三郎の症状固定は、昭和五〇年八月であるので、本件訴訟提起時である昭和五九年一一月には症状固定時から三年を経過しているので、被告は、消滅時効を援用する。
なお、被告は、昭和五七年一二月三一日までに、原告らに対し支払をしているが、これは、見舞いの趣旨であり、本件事故による債務を認めた趣旨ではない。
2 信義則による減額
原告らの本訴提起は、本件事故発生日や後遺障害固定時から著しく遅れており、また、提出された各証拠のみでは、被告としては全く防御の方法がない。原告らは権利行使を怠つており、仮に、損害が認められるとしても信義則上制限(減額)を受けるべきものである。
四 抗弁に対する認否
消滅時効の抗弁は争う。前記のように、被告は原告らに対し、支払をしており、これにより消滅時効は中断している。信義則による減額の主張も争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。そうすると、被告は、原告らの後記損害を賠償する責任があるものというべきである。
二 同3(受傷状況)の事実について判断する。
原告征三郎が土崎病院に昭和四七年三月一二日から二八日まで入院したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、原告征一郎本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲一号証から三号証まで、四号証の一、二、原告ら各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
原告征三郎は、本件事故による傷害のため、昭和四七年三月一二日から同月三〇日まで秋田市所在の土崎病院に入院し、同年四月から昭和五〇年ころまで及び昭和五七年六月二二日、同年七月二七日東大病院に通院し、昭和四七年四月ころから金井整形外科に通院し、昭和四八年二月一〇日から昭和五二年六月三〇日まで溝口整体術治療院に通院し、昭和四七年四月ころ川口接骨院に通院し、昭和五〇年八月四日から同年八月二九日まで埼玉医科大学附属病院に入院し、治療を受けたが完治せず、同年八月二九日症状固定したが、右腕神経叢麻痺により右肩関節の挙上障害、外旋障害、肩付近の知覚障害を残し、右腕が上に挙がらなくなり、重い荷物が持てないという不都合があるという後遺障害が残つた。ところで、症状固定後の通院については、その必要性について認めるに足りる証拠はないので、本件事故との相当因果関係を認めることはできない。
三 同4(損害)の事実について判断する。
1 原告征三郎は、次のとおり損害を破つた。
(1) 治療費 九万八七四四円
前掲甲一、二号証及び原告ら各本人尋問の結果によれば、原告征三郎は、前記のように、昭和五〇年八月四日から同年八月二九日まで埼玉医科大学付属病院に入院し、治療を受けたが、その間の治療費として右金額を要したことが認められる。
(2) 付添看護費 二万六〇〇〇円
原告ら本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告征三郎の前記入院期間中、二六日間付添を要したことが認められるが、その費用は一日当たり一〇〇〇円とするのが相当である。
(3) 入院雑費 二万二五〇〇円
弁論の全趣旨によれば、原告征三郎は、入院期間(四五日間)中、入院雑費として一日当たり五〇〇円を要したことが認められる。
(4) 慰藉料 一八〇万円
本件訴訟に顕れた諸般の事情(特に本件事故発生の日時)に鑑みると、原告征三郎の本件事故により受けた傷害による入通院のための精神的苦痛及び後遺障害のための精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。
(5) 逸失利益 三二一万円
前記後遺障害について認定した事実に、前掲甲一号証、原告ら各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告征三郎は、昭和四二年四月二七日生まれで症状固定時八歳であり、その後、高校中退後、家業であるサウナ等の手伝いをして一定の収入を得ていない状態であることが認められ、前記後遺障害のため、一六歳から六七歳までの五一年間にわたり平均して二〇パーセントの労働能力を喪失したものとするのが相当である。原告征三郎主張の一三五万二九〇〇円を基礎とし、年五分の割合による中間利息の控除をライプニツツ式計算法で行うと、同人の逸失利益は次のとおりの計算式により三二一万円となる。
(計算式)
一三五万二九〇〇円×〇・二×(一八・三三八九-六・四六三二)=三二一万円(一万円未満切捨て)
小計 五一五万七二四四円
(六) 損害のてん補
原告征三郎は、被告から二七四万八〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、これを右損害から控除することとする。
小計 二四〇万九二四四円
(七) 弁護士費用 二〇万円
弁論の全趣旨によれば、原告征三郎は、被告が任意に右各損害の支払いをしないので、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことが認められ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として被告に損害賠償を求めうる額は、右金額が相当である。
合計 二六四万九二四四円
2 原告征一郎は、次のとおり損害を被つた。
(一) 付添看護交通費 一万円
原告ら各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告征一郎は、本件事故のために数回秋田上野間を往復したことが認められるが、右は、本件事故により死亡した原告征一郎の当時の妻の関係のものも含まれており、当時の交通費の立証も明確ではないので、右のうち一万円を本件事故による原告征三郎の受傷と相当因果関係があると認め、東大病院への通院については、その回数、時期が必ずしも明確ではなく、前記のように症状固定後については、本件事故との相当因果関係が認められないこと(症状固定時以前のものは回数が明確ではない。)、タクシー代を必要とする事情も認められない等の点から その相当な額を確定できないから損害額を確定できない。
(二) 休業損害 四〇〇〇円
原告征一郎本人尋問の結果によれば、前記上野秋田間の往復の際、原告征一郎は仕事を休んだことが認められるが、その休業損害は、必ずしも明確ではなく、東大病院通院の点については前記の事情もあり、両者あわせて控え目にみて四〇〇〇円を本件事故による休業損害と認める。
合計 一万四〇〇〇円
四 抗弁について判断する。
1 消滅時効の抗弁について判断する。
原告征三郎は、昭和五七年一二月三一日までに被告から二七四万八〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、同日債務の承認により本件事故による損害賠償請求権につき消滅時効が中断したものである(右金員は、原告征一郎が法定代理人として受領しているのであるから、原告征一郎の関係でも消滅時効は中断すると解する。)。被告は、その支払は見舞いの趣旨であり、消滅時効が中断するものではないと主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告らが本件訴訟を提起したのは、昭和五九年一一月二二日であるから、消滅時効の中断したときから三年を経過していないから、被告の消滅時効の抗弁は失当である(なお、当時の原告らの請求額は、原告征三郎につき四一九万五四七五円、原告征一郎につき七二万円及びこれらに対する昭和五八年八月二六日から支払いずみまでの年五分の割合による遅延損害金であり、請求の拡張をしたのは、昭和五七年一二月三一日から三年以上経過した昭和六一年一二月一二日であるから、それを超える額については問題があるが、前記認容額はいずれも右金額を下回るものであるから、この点につき特に判断はしない。)。
以上によれば、被告の消滅時効の抗弁は理由がない。
2 ついで、信義則による減額の抗弁について判断する。
原告らの本訴提起は、本件事故発生日や後遺障害固定時から著しく遅れており、また、提出された各証拠のみでは、被告としては全く防御の方法がない旨主張するが、本件においては、証拠が散逸したことにより不利益を受けているのは原告らであり(その認定において控え目にならざるを得ない。)、被告において特に不利益を受けるべき事情は認められないから、被告の信義則による減額の抗弁は理由がない。
五 以上のとおり、原告征三郎の本訴請求は、二六四万九二四四円、原告征一郎の本訴請求は、一万四〇〇〇円及びこれらに対する本件事故発生の日の後である昭和五八年八月二六日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮川博史)